感情を定量的に測りたい
感情で人間は動いている
論理で人間は動いていると信じる人は多くいるが,経験的にそれが正しいとは思わない.
論理的に本当に正しいことのみを通じて動くとしたら,意思決定に相当な情報や時間が必要か,もしくは不良設定問題で解くことができず,ほとんど動けないはずである.
論理は,感情をカモフラージュして,自分の行動をもっともらしく見せる(=正当化する)ための道具に過ぎない.
正当化する,というのは論理的に正しいことを言うことではなく,相手の感情を動かして納得感を味わせることである.
正当化する道具として論理があるのであり、根源的には(残念ながら)論理で人は動かない.
そう考えるなら、感情と呼ばれるものの仕組みを定量的に明らかにすることは、人間の意思決定の仕組みを知ることと同じであり,社会科学に大きく貢献することになるのではないか?
感情の定量化
感情を定量的に表す際に,「怒り」や「喜び」や「悲しみ」などの度合いをそれぞれ数値化するものをよく見るように思う.
しかし,人間は化学物質で構成されているのだから,何か物質的な量のパラメータ(快楽物質の分泌量など)を数値化したほうが自然ではないかと思う.
いわゆる感情は,人間が物質の量を解釈して名前をつけたものに過ぎない.
どうすれば集中を保てるのか
集中できないとは
「集中できない」というのは,一つのタスクをこなそうとしているときに他のタスクが割り込んでくる状態のことだとしよう(寝るというのもタスクとして捉える).
これより「集中を保つ」という行為は,いかに割り込みをなくすかということに落とし込める.
どうすれば集中を保てるのか
割り込みをなくすことが大切だが,割り込みはいくつかに分類できると考える.
割り込みの階層
割り込みには自分の内部から湧き上がる割り込みと,自分の外部の影響で起こる割り込みの2種類ある.特に内部割り込みは,その対処法の違いにより細かく階層分けできる.
- 内部割り込み
- 生理的割り込み
- 感情的割り込み
- 論理的割り込み
- 外部割り込み
生理的割り込みとは,眠気や食欲や疲れなどの無意識の部分からの割り込みである.
それに対し感情的割り込みは,焦りや興奮などの強い感情によって,感情に対処するためのエネルギーが必要になることで起きるものである.
最後に論理的割り込みは,10分刻みの計画を立てることや同時に仕事をこなす人を尊敬するなど,割り込みを誘発する思考をすることで起こるものだ.
一方で外部割り込みは,スマートフォンの通知や周囲の騒音など,注目したくなるような外部環境の変化によってもたらされる.
割り込みへの対処法
生理的割り込みには,体に過度な負担をかけないことが重要である.例えば規則的な生活や,こまめな休憩などがそれにあたる.
感情的割り込みには,気分転換が重要である.広々とした空間や,心から楽しめる娯楽,心から落ち着く相手などがそれにあたる.
論理的割り込みには,思考の批判が重要である.この思考法は割り込みを誘発するのではないかという日々の意識づけがそれにあたる.
外部割り込みには,環境の遮断が重要である.スマートフォンの通知を切ることや,静かで周りに余計なものがない環境での作業がそれにあたる.
スネアドラムが格段に上手くなるスティックの持ち方
練習しての知見をまとめる
所属している吹奏楽団に後輩が入り、さらに同じパートに同年代が入るということがわかり、練習意欲が高まってきた。
どうやら僕は先輩ズラしたいという思いが強く、そういう立場になるとアドレナリンが大量に放出されるらしい。思えば高校の部活で部長だったときも、やる気に満ち溢れていたように思う。
そういう思いで数日練習すると、色々な知見を得ることができた。それが自分の中で体系的に整理でき始めたので、忘れないうちにまとめようと思う。
いい音とは
いい音とは、音楽という目的に沿ってコントロールされた音。よって、コントロールしやすいスティックの持ち方が重要となる。
具体的には
- 音量
- リズム
- 音色
がスティックによりコントロールできる。
スティックの持ち方
概要
youtubeを参考にしたり、叩きながら試行錯誤したりすることで、この持ち方にたどり着いた。これにより
- 安定感が格段に増し
- 疲れにくくなり
- よく響かせて音を鳴らす
ことができるようになった。いいことづくしだった。特に二つ打ちがやりやすくて仕方がない。ざっくりいうと
- しっかりつまむ
- 中指大事
- 残り指、時々大事
- 余計な労力、使わない
この4点である。マッチドグリップであることを断る。
細かく説明
親指と人差し指で、スティックの下から1/3程度の場所をつまむ。
- 親指は指の腹、人差し指は第一関節で。(人差し指により安定しつつも、手の内側の空洞が広くスティックを自由に動かせる)
- 人差し指の先は折りたたんでスティックに接触させる(安定感を増させる。ただし自由に動かせるようにするため強く握らない)
- スティックの持つ位置は、スティックが完全に響く位置から少しミュートさせた位置。下から1/5程度の場所をつまむと、スティックが綺麗に音程を鳴らす。そこから上下にずらすことで、ミュートがかかる。このミュートの位置によって音色が変化する。
中指の第一関節で、スティックを握る
- 「 第一関節で」という点が大事(叩くときの安定感・バウンド感が格段に増す)
- スティックは生命線に沿うように握る(スティックを叩くときに同じ場所に毎回綺麗に収まり、安定感が増す)
- 強く握りすぎないように
残りの指は軽く接触するように持つ
- どちらも指の腹で接触させる(指の大きさによって個人差ありだが、第一関節までいくと、余計に動きが制限されやすいように思う。一般に3次元内の直線は2点が定まれば一意に決まることを考えるとよくわかる。この場合の2点は、人差し指と中指の第一関節。)
- ロールの時は邪魔になるので、残り指は離す場合もある(後述)
全身の力を抜き、左右に遊びのある腕の位置で、親指の爪が地面と垂直になるように構える
- 特に肩・腕・手首・指の力が抜けているか注意
- 自然な腕の位置で、ある程度左右に動かせる余裕があるように
- 地面と垂直にすることで、叩くたびに親指と人差し指に、無駄な垂直方向の力が加わらない。(疲れにくくなり、力を綺麗にスティックに伝えることができる)
- 手の甲の向きではなく、指の向きに着目していることが大事である。
叩き方の違いによる持ち方
こうすることで無駄な力を入れずに(力の入れ方をコントロールして)綺麗にコントロールして叩くことができるようになった。
人差し指・中指は、バウンドさせるための補助として用いる。叩くと同時にタップするように適度な力を加える。ただしスティックからは離れないように。(二つの指がスティックに吸い付くような感覚が得られるはず)
残り指については、一つ打ち・二つ打ちのときは接触させてバウンドの補助として。ロールのときは離して自由に動かす。(ロールのとき、薬指はつけることで音色の変化をつけてもいいかもしれない)
マイノリティーになって注目を集めたい
誰もしていないことをする恐怖感
誰もしていないことをするのは、僕は怖い。これが正しいのか確証はなく、色々言われても言い返せる自信がない。
なんとなくこうした方がいいのかもしれないという、ぼやっとした思いがあっても、その輪郭をくっきりさせて堂々と正しいと話すことには恐怖感がある。
こうした「なんとなくの考え」へのうまい対処方法を見つけることで、人生にうねりが出て面白いのではないかと思う。
世の中にはしょうもないことで溢れている
しかしよく考えてみれば、世の中では特に明確な理由なくぼやっと行われていることはたくさんある。なんかよくわからないけど楽しいから、とか、なんかみんなやってるから、とか。
だから、自分が提唱することに大した理由が見つからないとしても、理由は何も話さずただ無言で行動していればいいのだ。簡単なことであった。
自分の中に他人を作る
ただ合理性がある行動を取るに越したことはないので、合理性を持たせるコツも考えた方が良い。
その一つとして、自分の中に擁護する架空の人物を作ることが考えられる。「なんとなくの考え」があっているかどうかはわからないが、それを盲信しているバカがいると仮定してその人になりきってみるのだ。
そう割り切って真剣に向き合ってみれば、意外といい奴だとわかることが多い気がする。つまり正面からじっくり見れば、それっぽい合理性なんてどんな考えにも思いつくことができるんだろう。
一度そんな盲信バカという赤の他人を作り上げれば、自分の考えのように愛着が湧いてくる。そして誰もしていない怖かった考えに自信が満ち溢れてくる。
ElGamal暗号の解釈
ElGamal暗号とは
公開鍵暗号方式の一種。
ある条件のとき、離散対数問題という数学の問題を解くことが難しいことを利用している。これは公開鍵から秘密鍵を見つけることが難しいことになる。
定義とその解釈
要は、で暗号化(encrypt)してで復号(decrypt)してるっていうだけの話。つまり、になっている。
はじめに
- メッセージmを用意する :平文
- 群(pは素数)を考える
- 位数がの元を選ぶ(生成元)
データ受信側(1)
- をからランダムに選ぶ:秘密鍵
データ送信側
- :公開鍵
- セッションごとに、をからランダムに選ぶ :暗号が毎回変わるようにするため
- :rの情報保持
- :暗号化するための変数
- :暗号化
- を送信する :rの情報+ 暗号化された情報
データ受信側(2)
- :復号するための変数
- :復号
となっていて、確かに復号できる。
音楽性が高いものは普遍的なのか?
音楽性が高いとは
音楽性が高いとは、「意図した曲想が伝わる」ことだと思う。
例えば、明るく若々しい曲想だとか、薄暗くもの悲しい曲想だとかが、意図されて同じ方向に向かって音楽が作られて、さらに聴き手によく伝わるものは音楽性が高いといえる。
こう思う理由は、音楽の根源的な目的が、聴き手の感情を意図的に動かすことにあると考えるからだ。
伝わるかどうかは普遍的なのか?
こう考えるときに、伝わるかどうかが大事になってくる。
しかし、伝わるかどうかは先天的に決まっているのか、それとも後天的に決まるのか。両方の影響があるとすれば、どちらが主なのか。
例えば、今を生きる大多数の人は、4拍子でメジャーコードの音楽の方が、5拍子の無調音楽より、心動かされ伝わるはずだ。
一方で、はじめはどんな演奏でも感動できたが、聞き慣れてくると技術面が気になって音楽に集中できなくなることが、幸か不幸かよく起きる。
もし先天的であるならば、時間や空間を問わない音楽性の高い音楽を作ることができるので、気になってしまう。
形式的な議論ができるのは暗黙的な直感があるから
直感とはすぐアクセスできる情報
直感とは、人間の脳においてアクセス時間が短い情報を指すのではないかと思う。
具体的には、生命を維持する上で必要な情報のアクセス時間は短く、3次元以下の図形的情報や音声情報、感情的情報などが挙げられる。
形式的な議論は直感的に
そう仮定すれば、何か難しいことを理解する(すぐに説明できる・自由に利用できる)には、直感的な解釈をして、アクセスしやすい情報に帰着することが望ましいといえる。
そうすれば形式的で厳密な細かい議論も、すぐアスセスできる情報を羅針盤としながら、間違えずに進めやすくなる。
コンピュータでいうキャッシュの存在に近いのかもしれない。
形式的な議論ができるのは暗黙的な直感があるから
形式的な議論を簡単にする人は、実はその背景に直感的な理解があるからだと考えられる。
何か物事を教えるときは、その直感を自己分析して明らかにしてから教えていくことが大切だと考えられる。
形式だけから入ると、無味乾燥で解釈のない羅列と感じて、理解しようとする向上心を捨ててしまいやすい。